スウィートテラス
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 愛は甘く狂おしく
    

 



「ここをどこだと、離せ……」

芳人は声を振り絞った。
たとえ、何があっても、こんなことを許すわけにはいかない。
こんな……男の嬲りものにされるような扱いは―――……。

すると、首筋をしつこく弄くる孝成が、耳に息を吹き込みながら囁いた。

「サービスしろと、言ってんだろ?」

「ふざけるな……」

「店をつづけてられんのは、あんたに情けをかけてやってるからなんだぜ?だから、相応の返しをするのが、筋ってもんだろうが」

「勝手なことを……、そんなわけあるものか」

「いやいや、それが本当でしてね、俺の叔父なんて、あなたに恩を売りたいがため、融資をつづけるようなもんで」

スラックスの中へ手を差し込み、四条院が言った。

「うちも、葛城程度の売上げはテナント即解消だが、そうしないのは、あなたの美貌のせいだともっぱら噂ですよ、なので、これくらい大目に見てくれないと」

調子付くように伊丹がつづける。
男たちの勝手すぎる言い草に慄けば、孝成がひどく狡猾気な笑みを浮かべた。

「何も取って食うわけじゃない、こうして少し身体を自由にさせろと言ってるだけだ、もちろん、それなりのことはしてやる、たとえば、今後の茶会は必ず葛城の菓子を使ってやるとかな、安いもんだろう?」

それは、素面で聞くには耐えられぬ、下劣すぎる提案だった。

―――身体を自由にさせて、仕事を貰う?

プライドの高い芳人にとり、それは屈辱以外の何者でもなかった。
恥知らずを平然と言ってのける年下の男が、腹立たしくてたまらない。

ぐつぐつと、沸騰しそうな怒りが沸き、心が干上がるほど打ち震え、次の瞬間―――。

バシッ。

手を振り上げざま、芳人は非礼な男の頬を、容赦なく打ち付けた。


「うわ……」
「お、おい」

伊丹と四条院が驚く声を上げる。
一瞬、息を押し殺すいやな沈黙が流れ、その沈黙をこじ開けるように芳人は口を開いた。

「出て行け」

声は、どうにか音を成すのみで、掠れていた。
美貌に凄まじい怒気を滲ませ、芳人は男たちを睨む。
けれど、怒りが大きければ大きいほどその表情は艶やかに冴え、男の、ある種感情を揺り動かすのだ。

三人の男がごくりと喉を鳴らした。
孝成が、打たれた頬をかばうでもなく、残忍気に足を踏み出し、つられるように、芳人は背をショウケースに押し付ける。

緊迫する気配が漂い、うららかな昼下がり、ここが雅な菓子店の中だとかは、まるで関係ない。
他に誰かいることを忘れるかのように、二人は互いを睨み付ける。
それは冥い情念がぶつかり合うような、殺伐とする視線の交鋒。

「いい度胸だな」

地の底から響くような声で、孝成が言った。

「……したことを考えてから言え」

冷ややかに言い返し、芳人は切れ長の目を吊り上げる。

許せるわけがない。
同じ男なのに、年下のくせに、まるで玩具のように人を弄ぼうとしたのだ。
仕事という餌をぶらさげ、代償に身体を好きにさせろと、仲間とよってたかり人の尊厳を奪おうとした。
いかに取引先の御曹司とはいえ、どうして、どうして、素直になど従える?

顔も見たくなかった。
一刻も早く、この場から立ち去って欲しい。
出来ることならもう二度と、自分の前に現れて欲しくない。
「葛城」にいる以上、そして彼が東條流の人間である限り、それが叶わぬと知りながらも、芳人は孝成に嫌悪で一杯だった。

その時。

「どうしましたか?」

穏やかに呼びかけてきたのは、「葛城」の店員だった。

「あ、いや、何でも……ない」

瞬間、隙の出来た三人の包囲を、芳人はすり抜ける。
孝成が忌々し気に舌を鳴らすが、知ったことではない。
とはいえ、いかに傍若無人な彼でも、他人の前で人にどうこうするつもりはないようだった。
すぐ表情を改めると、孝成は東條流の次期家元らしい威厳を纏って言った。

「近くに来たので、寄らせてもらったんです、すぐ退散しますよ」

「あ、これは東條流の若宗匠……」

顔見知りだったらしい店員が、慌てて頭を下げる。
そのやり取りに虫唾が走るのを感じながら、芳人はきつい視線を孝成に送る。
はやく消えろ、言外にそう滲ませながら。
視線に気付く孝成がゆっくり振り返り、口元をごくわずかに歪ませた。

―――覚えてろよ。

声に出さずそう言うと、彼は伊丹と四条院を従え、尊大に店の出入口へ歩いていく。
その後ろ姿を眺め、芳人は何か得体の知れぬ不安が、胸の奥に燻り出すのを感じずにいられなかった。


◇◆◇